20歳に知って欲しい尾崎豊

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20歳に知って欲しい尾崎豊

20歳の君
20歳の君

尾崎豊ってお父さんがよく聴いているけど、どんな人生だったの?なんで売れたの?どんな歌を歌っていたの?少し、、、興味があります。




こういった、疑問に答えます。



本記事の内容

・尾崎豊プロフィール(プロフィール/なぜ売れたの?/どんな歌を歌っていたの?)
・尾崎豊おすすめ曲紹介
・25歳あいみょん、30代筆者も尾崎豊聴いています。

尾崎豊プロフィール

・1965年11月29日生まれ(生きていれば54歳)
・1983年12月1日『17歳の地図』にてデビュー
・1984年3月15日高校(中退)卒業式当日、新宿ルイードにてデビュー初ライブ(OZAKI18に収録)
・1985年1月シングル「卒業」リリース
・1985年3月2ndアルバム「回帰線」リリース、オリコンチャート初登場1位獲得
・1985年8月25日大阪球場にてライブ(約3万人動員) (625 DAYSに一部収録
・1985年11月14日15日代々木オリンピックプールにてライブ
・1985年11月28日 3rdアルバム「壊れた扉から」リリース(10代最後の日)(LAST TEENAGE APPEARANCEに収録)
・1986年活動休止
・1987年12月覚せい剤取締法違反容疑にて逮捕
・1988年1月起訴、2月懲役1年6ヵ月・執行猶予3年の判決
・1988年9月1日4thアルバム『街路樹』リリース
・1988年9月東京ドームで復活ライブ「LIVE CORE」(5万人以上動員)( LIVE CORE 完全版 に収録)
・1989年7月24日長男 尾崎 裕哉誕生
・1990年11月15日5thアルバム『誕生』リリース
・1991年10月30日代々木オリンピックプールでライブ(生涯最後)( TOUR 1991 BIRTH  に収録)
・1992年4月25日民家の家で泥酔状態で発見され、救急搬送。その後、死亡。享年26歳
 ※自殺ではありません。医師により病死と診断されています。

尾崎豊はなぜ売れたのか?

 尾崎豊が売れたのは、第一に音楽的な才能が優れていたということです。第二に時代背景も理由としてあったと思います。そのへんを書いていきます。

時代背景(社会現象)
1965年~高度経済成長、真っただ中で、日本が好景気。1973まで続く。
    好景気の弊害で、環境問題等が明るみになる。
1970年代~80年代、詰め込み教育、受験戦争、校内暴力等、学校内での問題が叫ばれるようになる。
日本が経済成長を遂げたことにより、学歴が重視され、子供は大学に行って一流の会社に入る。という時代になっていった。その弊害により、上記の問題が出てきた。
1989年バブル景気崩壊、その後不況になっていく。

◎この時代背景にあるように、日本の経済成長の時代に生まれ、学歴社会の中、中学、高校性を過ごしている。そんな、社会のレールが今以上にあった時代に、尾崎豊の自由を求めたり、生きることは何かという歌が、強く響いたのだと思う。

どんな歌を歌っていたの?

 尾崎豊は、若者の代弁者、教祖といわれます。思春期の大人に反抗する気落ちや自由を求める気持ちを歌った「15の夜」「卒業」が代表曲に挙げられます。また、ラブソングとして「I LOVE YOU」が有名です。
さらに、生きるとは何かという大きなテーマを感じる「僕が僕であるために」も、様々な人に、カバーされ有名です。
 次におすすめ曲を紹介します。ここで紹介した歌も、大きく分けて、「ラブソング」、「生きるとは何か」とテーマに分けて紹介していきます。

尾崎豊おすすめ曲紹介

 尾崎豊の曲は、ラブソング等のバラード、生きるとは何かをテーマにした歌に分けられると思います。
その、テーマ別ににおすすめを紹介します。

ラブソング(歌のテーマ)生きるとは何か(歌のテーマ)
I LOVE YOU僕が僕であるために
OH MY LITTLE GIRLシェリー
forget me not卒業
teenage blue路上のルール
群衆の中の猫存在
cookie
誕生

25歳あいみょん、30代筆者も尾崎豊聴いています。

 尾崎豊は、昭和の人、お父さんの世代が聴いているというイメージでしょう。しかし、25歳のあいみょん、30代の筆者も聴いています。尾崎豊は、世代限らず、様々な人に影響を与え歌い継がれています。良ければ20歳のあなたも聴いてみて下さい。ミスチル、宇多田ヒカル、清水翔太、ジェジュン、清木場俊介、石崎ひゅーい
等、様々アーティストがカバーしています。



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